優勝に手が届きながら、いつも後一歩のところで2位になることが多かった現役時代。 98年の開幕戦ダイキンオーキッドレディスの最終日、私はプレーオフの2ホール目の舞台にいました。ロングホールのセカンドショットは左の林の中へ・・・・「また、ダメか?」そう思った時、「愛ちゃん、もう遠慮しないで、勝っていいんだよ!」多くのギャラリーの方から、そんな声をいただきました。
来日当初はなかなか上手く行かず、もう韓国へ帰ろうと思った時期もありました。 ある宮崎の試合でした。古い田舎の旅館に泊まっていたのですが、その旅館に全く知らない方が、20本入りのリポビタンデーを持ってきてくれました。(腰が曲がって、黒く日にやけた人でした) 話を聞くと、そのおじさんは太平洋戦争中に韓国から日本に連れて来られた方で、戦争が終わって韓国に帰ろうとした時、国籍を失っていると告げられ、しかたなく日本人として生活しているとのことでした。ゴルフのことも全く知らないその人は「韓国から来たスポーツ選手なんだって?頑張って韓国に帰るんだよ!」と言って、毎日リポビタンデーを届けてくれました。そのリポビタンデーを見るたびに、応援してくれたその人の顔を思い出し、その心に答えようと頑張りました。
林の中のわずかに空いた高い木の上を、思い切り打ったロブショットは、ピン横1mにつき、初の栄冠を手にすることができました。優勝が決まった瞬間、やっと皆さんにお返しができた! 応援していただいた皆さんの顔を思い出したら涙がとまりませんでした。